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東京地方裁判所 昭和32年(わ)222号 判決 1959年4月09日

被告人 江商株式会社 外六名

主文

被告会社、江商株式会社、同伊藤忠商事株式会社、同日綿実業株式会社、同日比貿易株式会社、同興服産業株式会社、被告人洪貫竜を夫々罰金百万円に、同呉自強を懲役一年六月及び罰金百万円に処する。

但し呉自強の懲役刑は本裁判確定の日から三年間その執行を猶予し、呉自強及び洪貫竜が右罰金を完納することが出来ない時は金二千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人江商株式会社は、大阪市東区横堀町一丁目一一番地に事務所を置き貿易業を営んでいる居住者であるが、右会社の絹人繊部職員高瀬湊等は同会社の業務に関し、法定の除外事由もないのに、昭和三一年一二月一七日頃から昭和三二年二月一三日頃迄の間前後五回に亘り別紙犯罪一覧表(一)記載の通り大阪市東区北浜五丁目五番地所在株式会社東京銀行大阪支店に於て被告人呉自強から非居住者であるフイリッピン国フランシスコ・ガイ商会及びドラゴン・エンタープライズ商会のためにする支払として合計四七九万四二八〇円を受領し、以て非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

第二、被告人日比貿易株式会社は、大阪市南区北炭屋町一三番地に事務所を置き貿易業を営んでいる居住者であるが、右会社職員尼崎太一郎は同会社の業務に関し、法定の除外事由もないのに、昭和三一年一一月一五日頃及び同年一二月二一日頃の二回に亘り、別紙犯罪一覧表(二)記載の通り、大阪市南区安堂寺橋通四丁目二番地の一所在株式会社東京銀行心斉橋支店に於て、被告人呉自強から、非居住者たるフイリッピン国ギヤランコンマーシヤル商会のためにする支払として合計三九六万円を受領し、以て非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

第三、被告人日綿実業株式会社は、大阪市北区中之島二丁目一五番地に事務所を置き貿易業を営んでいる居住者であるが、右会社職員林田勇、三田村正二、苅谷健一は同会社の業務に関し法定の除外事由もないのに

(1)  昭和三〇年四月一五日頃大阪市東区本町二丁目三六番地所在伊藤忠商事株式会社に於て同会社から非居住者であるフイリッピン国イエク・フア・トレイデング・コーポレンションのためにする支払として二七万二九九二円を受領し、以て非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし、

(2)  昭和三一年九月二八日頃大阪市東区高麗橋二丁目一番地所在三井銀行大阪支店に於て、被告人呉自強から非居住者であるフイリッピン国イエク・フア・トレイデング・コーポレイションのためにする支払として七二万円を受領し、以て非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

(3)  前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーションとの契約に基くマニラ向スフ織物の輸出に関し、同社との間に実際の輸出契約額より低価で輸出手続をした上、その差額金は別途決済を受けることを約定し昭和三〇年一〇月三一日頃から昭和三二年二月二八日頃迄の間前後一六回に亘り、大阪市北区中之島二丁目一五番地所在被告会社事務所に於て、非居住者であるイエク・フア・トレイデング・コーポレーション向にスフ織物を輸出するに当り、別紙犯罪一覧表(三)記載の通り実際の契約額より低価で輸出し、よつて同社に対するその差額七万七一七一弗五五仙に相当する外貨債権を発生せしめ、以て居住者と非居住者間の債権発生の当事者となり

第四、被告人伊藤忠商事株式会社は、大阪市東区本町二丁目三六番地に於て貿易業等を営んでいる居住者であるが

(1)  右会社職員高谷昌雄は同会社の業務に関し法定の除外事由もないのに、非居住者であるフイリッピン国イエク・フア・トレイデング・コーポレーションの指図に従い、イエク・フア・トレイデング・コーポレーションの為に昭和三〇年四月一五日頃前記被告会社事務所に於て居住者である日綿実業株式会社に対し、二七万二九九二円を支払い以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(2)  右会社職員沢田隆夫は、前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーション外二社との契約に基くマニラ向スフ織物の輸出に関し、これ等三社との間に実際の輸出契約額より低価で輸出手続をし、その差額金は別途決済をする旨を約定したうえ、被告会社の業務に関し法定の除外事由もないのに

(イ) 昭和三〇年一月一七日頃から昭和三一年三月三一日頃迄の間二二回に亘り被告会社事務所に於て別紙犯罪一覧表(四)記載の通り、非居住者である前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーション外二社向にスフ織物を輸出するに当り、実際の契約額より低価で輸出し、よつて右三社に対するその差額金合計三万六五六三弗三六仙に相当する外貨債権を発生せしめ、以て居住者と非居住者間の債権発生の当事者となり

(ロ)(A) 昭和三〇年九月九日頃右被告会社事務所に於て、氏名不詳者から非居住者である前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーションのためにする支払として一〇〇万円を受領し

(B) 同年同月一二日頃右同所に於て、杉本喜三郎から非居住者である前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーションのためにする支払として四七万五〇〇〇円を受領し

(C) 同年一〇月二六日頃右同所に於て、ベルナード・ビー・シー・リーから非居住者である前記イエク・フア・トレイデング・コーポレーションのためにする支払として一五〇万円を受領し

以て夫々非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

第五、被告人興服産業株式会社は、名古屋市中区朝日町一丁目一〇番地に事務所を置き貿易業等を営んでいる居住者であるが、右会社取締役安田正夫、右会社大阪支店貿易部職員伊藤清太は同会社の業務に関し法定の除外事由もないのに

(1)  昭和三一年一一月一九日頃大阪市東区安土町二丁目一五番地所在株式会社東海銀行船場支店に於て、被告人呉自強から非居住者であるフイリッピン国ドムス商会のためにする支払として一〇八万円を受領し以て非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

(2)  前記ドムス商会との契約に基くフイリッピン向スフ織物の輸出に関し、実際の輸出契約額より低価で輸出手続をし、その差額金は別途決済する旨を約定したうえ昭和三一年七月一九日頃から昭和三二年三月一二日頃迄の間二二回に亘り大阪市東区淡路町一丁目一六番地所在被告会社大阪支店に於て、非居住者であるドムス商会向にスフ織物類を輸出するに当り、別紙犯罪一覧表(五)記載の通り、実際の契約額より低価で輸出し、よつて右商会に対する右差額金合計二六五〇万二四七五円に相当する債権を発生せしめ、以て居住者と非居住者間の債権発生の当事者となり

第六、被告人洪貫竜は神戸市生田区海岸通り二丁目一番地に於て東方公司の商号を用いて貿易業を営んでいる居住者であるが法定の除外事由もないのに

(1)  昭和三二年一月二三日頃神戸市生田区下山手通二丁目一五番地所在株式会社東京銀行トーアロード支店に於て、被告人呉自強から非居住者であるフイリッピン国南通公司のためにする支払として五四〇万円を受領し

(2)  同年同月二四日頃右トーアロード支店に於て被告人呉自強から非居住者である振東公司のためにする支払として六四万八〇〇〇円を受領し

以て夫々非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

第七、被告人呉自強は本邦に居住する者であるが法定の除外事由もないのに

(1)  昭和三一年五月一七日頃大阪市北区堂島中二丁目四五番地所在二共貿易株式会社に於て、非居住者であるフイリッピン国キーストン社の依頼を受け同社に代つて居住者である右二共貿易株式会社に対し三六万円を支払い、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(2)  昭和三一年九月二四日頃東京都千代田区神田小川町一丁目一番地所在株式会社三井銀行神田支店に於て、同支店に対し非居住者であるフイリッピン国アンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である大阪市東区道修町一丁目三番地所在沢貿易株式会社宛に一四四万円の送金を依頼したうえ、同年同月二六日頃大阪市東区高麗橋二丁目一番地所在同銀行大阪支店に於て、同会社をして右一四四万円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(3)  昭和三一年九月二六日頃前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者である前記アンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である大阪市北区中之島二丁目一五番地所在日綿実業株式会社宛に七二万円の送金を依頼したうえ、同年同月二八日頃大阪市東区高麗橋二丁目一番地所在株式会社三井銀行大阪支店に於て、同会社をして右七二万円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし、

(4)(イ)  昭和三一年九月二六日頃から同年一二月一七日頃迄の間三回に亘り前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者である前記アンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である大阪市南区安堂寺橋通り三丁目五五番地所在西尾商事株式会社宛に別紙犯罪一覧表(六)の(A)記載の通り合計二〇五万九〇〇〇円の送金を依頼したうえ、夫々その頃堺市所在株式会社住友銀行浜寺支店に於て、西尾商事株式会社をして右合計二〇五万九〇〇〇円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(ロ)  同年一一月二九日頃東京都千代田区神田小川町一丁目一〇番地所在三勢ビル内の自己の事務所に於て右非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け同人に代つて右西尾商事株式会社代表取締役西尾正毅に対し現金一〇〇万円を支払い、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(5)  同年九月二四日頃及び昭和三二年一月二一日頃の二回に亘り前記三井銀行神田支店に於て同支店に対し、非居住者である前記アンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である神戸市生田区北長狭通六丁目高架下一八九号所在金泰公司こと王奕金宛に別紙犯罪一覧表(六)の(B)記載の通り合計二五二万円の送金を依頼したうえ、夫々その頃神戸市所在株式会社東京銀行トーアロード支店外一ヵ所に於て王奕金をして右合計二五二万円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(6)  昭和三一年九月二四日頃前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である神戸市生田区栄町通三丁目六番地所在有限会社馬場商会宛に七二万円の送金依頼をしたうえ、その頃神戸市所在株式会社第一銀行神戸支店に於て右馬場商会をして右七二万円を受領せしめてこれを支払い、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(7)  同年同月二六日頃前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である大阪市東区唐物町三丁目二五番地所在株式会社中西商店宛に二一万六〇〇〇円の送金依頼をしたうえ、その頃大阪市所在三井銀行御堂筋支店に於て、右商店をして右二一万六〇〇〇円を受領せしめてこれを支払い、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(8)  同年一一月一七日頃前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け、同人に代つて居住者である大阪市東区淡路町二丁目一六番地所在興服産業株式会社大阪支店宛に一〇八万円の送金依頼をしたうえ、その頃大阪市所在株式会社東海銀行船場支店に於て、右会社をして右一〇八万円を受領せしめてこれを支払い、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(9)  昭和三二年一月二一日頃及び同年同月二二日頃の二回に亘り、前記三井銀行神田支店に於て同支店に対し、非居住者である荘景明の依頼を受け同人に代つて居住者である神戸市生田区海岸通二丁目二番地所在東方公司こと洪貫竜宛に別紙犯罪一覧表(六)の(C)記載の通り合計六〇四万八〇〇〇円の送金依頼をしたうえ、夫々その頃神戸市所在東京銀行トーアロード支店に於て、右洪貫竜をして右六〇四万八〇〇〇円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(10)  昭和三一年一一月一四日頃及び同年一二月一八日頃の二回に亘り、前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け同人に代つて居住者である大阪市南区北炭屋町一三番地所在日比貿易株式会社宛に別紙犯罪一覧表(六)の(D)記載の通り合計三九六万円の送金依頼をしたうえ、同年一一月一五日頃及び同年一二月二一日頃の二回に大阪市所在東京銀行心斉橋支店に於て、右日比貿易株式会社をして右合計三九六万円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

(11)  同年一二月一七日頃から昭和三二年二月一二日頃迄の間五回に亘り前記三井銀行神田支店に於て、同支店に対し、非居住者であるアンヘル・コンセプションの依頼を受け同人に代り、居住者である大阪市東区横堀一丁目一一番地所在江商株式会社宛に別紙犯罪一覧表(六)の(E)記載の通り合計四七九万四二八〇円の送金依頼をしたうえ、昭和三一年一二月一七日頃から昭和三二年二月一三日頃までの間五回に亙り大阪市所在東京銀行大阪支店に於て右江商株式会社をして右合計四七九万四二八〇円を受領せしめ、以て非居住者のためにする居住者に対する支払をなし

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

(A)  被告会社伊藤忠商事弁護人河島徳太郎は本件は期待可能性を欠くものとして無罪が相当である旨主張し他の弁護人もこれを援用しているのでその点について判断する。

先づ本件預り円の発生がチエックプライス制度の存在に因るものであることは推測に難くないが、チエックプライス自体は、一つには諸外国との関係に於て所謂低賃銀に基くソシヤルダンピングの非難を招くことがない様にし、適正な価格の輸出を維持すると共に、他面国内の輸出業者の過当競争に因る所謂出血輸出を防止する為であるから、綿製品の如き加工産業に於ては、化繊製品等の様な原料生産、加工等迄国内に於て行われる商品に比し必要であることは理解し易いところであり、只それに弾力性がなく長時間据置かれる為市場価格に適合しない傾があると言う欠点はあるものの矢張り、当面急速にこれを廃止する意向のないことは大畑哲郎証人の証言に依つても窺われるところであり、又業界もそれの廃止が却つて市場価格の低落を招来するおそれがある為に必ずしも希望しない向があることも考えられるところであるから、結局綿製品に対するチエックプライス製度は国の経済政策の見地から存在価値のあるものとして評価せられるべきものであつて、只その内容に於て若干経済の実情に副わない点のあることは情状の判断に際して斟酌せられるべきものと言わなければならない。果して然りとすれば、チエックプライスは守られるべきものであり、又これを守る事は可能であるから、これを守ることを商社に要求する事が期待可能性を欠くものとは到底考えられない。弁護人は相手商社は日本の市場価格をよく知つて居り、又買手市場であるから輸出せんとすれば相手方商社の要求に応ぜざるを得ないというけれども、必ずしも十分な理由があるものと認められない。

尚弁護人は本件預け外貨の発生原因は、相手国の輸入制限政策が主な原因となつていて、その制限政策は日本としては何とも為し難いし、而も買手市場であるから相手商社の低価取引の要求を拒絶すれば輸出が出来なくなるから、国策中の最高位にある輸出振興政策に副う為にはどうしても低価取引の要求に応ぜざるを得ないのであるから、これをしないことを商社に要求することは期待可能性を欠くものであると主張するけれども、成程相手国の輸入制限政策自体を変更せしめることは容易でないし、これを日本商社に期待することは無理であるが、その為には日本の政府を通じて然るべき交渉を行う途も残されており、左様な措置を促進せしめる方法として日本の商社が一致して通産省等所轄官庁に要望する等の行動をとることも可能であるのに左様な行為が行われた形跡は見当らない。加之仮に低価取引が当該の場合やむを得ない事情にあつたとしても、これが為に生じた差額金についてはこれを明確ならしめて適宜合法的に処理する方法が絶無とは思われないのに拘らず、これを日本円にて日本内地でこつそり支払を受けるということは外国為替の管理を行つている国家の立場から到底容認出来ないことであつて、左様な差額金の決済方法を行わないことを期待することが通常不可能であるとは到底考えられないことである。

尤も情状としては、昭和三〇年頃以降ヒリッピンに於ては厳重な輸入制限が行われ非緊急物資については極端な外貨割当の制限があり、且つアメリカ品に比較すると日本品に対しては高い関税障壁がある為に、ヒリッピンの輸入商社としては日本からの輸入については勢い低価取引に依り多くの品物を輸入する方法に依つて外貨割当を出来るだけ有効に利用するとともに、従価税としての関税の負担額を少くする方法をとつていたことは証人内藤保広、同浜野恭平、同三輪範義の各証人尋問調書並河栄次郎、村西淳一、大畑哲郎の証言等に依り窺知し得るところであるから、日本商社がヒリッピン市場に進出する為には勢い相手方商社の前記の様な要望に副わなければならなかつたことは十分理解し得るところである。さればこの点は情状として量刑については十分斟酌すべきものと言わなければならないが犯罪の成否については格別の影響を及ぼすことはないものと言うべきである。

尚弁護人は輸出振興は日本の最高国策であるのに対し、外国為替及び外国貿易管理法の保護する法益は軽微であり殊に法二七条三〇条の保護する被害法益は更に軽微であるから、両者が相矛盾する場合には軽微な目的を無視して重大な目的を実行しなければならないとの理由で、本件の場合は適法な行為を期待することは出来ず、従つて責任が阻却され罪とはならないものであると主張する。併しながら、輸出振興の国策と外国為替及び外国貿易管理法の保護せんとする法益のいづれが重いかという比較は実は極めてむづかしいのであつて、両者その性質を全く異にし異つた次元にあるものであるから一概に前者が重いと論断することは出来ないものと解するのが相当である。国が期待する輸出の振興は、国が別個の見地から規制せんとしている外国為替及び外国貿易管理法の枠の中に於ける輸出の振興であつて、全くの野放しの輸出の振興ではない。勿論資本主義制度の下に於て貿易の自由はその理想的形態ではあるが、これもその時々の社会情勢、国際的な立場等から適当な規制を受けなければならない場合があり得るのであつて、外国為替及び外国貿易管理法も必ずしも戦勝国が殊更日本の貿易を圧迫せんとする意図の下に強制的に押し付けた立法であるとは言い得ない。尤も其の立法の形体が原則として全面禁止の網をかけ、これを個々の行為について制限禁止を解除して行く形式をとつて居り、極めて複雑難解な法体系になつていることは今日の事情には合致しないものであつて、最近これが改正の為の委員が任命せられて再検討に着手していることは当然であるが、さればと言つて過去に於て果したこの法の役割を過小に評価することも亦誤りである。されば輸出振興が国策中の優位にあることは認めるに吝でないが、それが為に外国為替及び外国貿易管理法の保護する法益をそれ以下に位するものとして両者相矛盾する場合は右法益を犠牲に供するもやむなしとする弁護人の主張は採用し難い。

尤も右の様な事情も量刑上は大いに考慮せられるべきものであることは勿論であるから、その点は十分斟酌することにする。

惟うに低価取引に依り生じた差額の所謂預け外貨が日本に於て日本円で支払はれる場合には、(1)入るべき外貨が入らない、(2)公定ルートが乱される虞れがある、(3)代償支払が行われる可能性がある、(4)円の密輸入が行われる可能性がある、(5)オープン勘定の記帳の正確性が失われる等の諸種の弊害が一応考えらられることは村西証人の証言に依つても知り得るところであり、斯様な弊害の考えられる行為を放置するに於ては結局国家が企図する外国為替の集中とその計画的な運用は不可能になるから矢張り国家としてはこれを防止せざるを得ないわけであり、少くともこの点に関する外国為替及び外国貿易管理法の規定が生きている以上は処罰せざるを得ないわけである。尤も現在外国為替及び外国貿易管理法の改正が問題になつており、ヨーロツパに於ける為替の自由化に則応して我国に於ても次第に自由化の方向に向わんとしていることは多くの証人の証言に依り明らかであるから量刑に当つては此の点を十分斟酌すべきであることは疑をいれないところである。

(B)  興服産業の弁護人向江璋悦は本件は、期待可能性を欠くものであり、而も期待可能性の有無は被告会社自体でなく行為者である安田正夫、伊藤清太を基準として判断されるべきものであると主張するのでその点について考えて見るのに、法人自体の立場に於いての期待可能性の有無の外に行為者個人の立場から見た期待可能性の有無の問題も考えられるものであることは弁護人の主張の通りであるが安田正夫、伊藤清太が本件の様な行為をしなかつた場合にはその地位を失うと言う立場にあつたか否かは甚だ疑わしく、寧ろそれが違法であつて処罰を受けなければならない行為である以上会社幹部が違法行為をしなかつたからと言つて使用人を解雇する様なことはあり得べきでないと思われるから安田正夫、伊藤清太についても期待可能性がなかつたものと言うことは出来ない、従つて右の弁護人の主張は採用しない。

(C)  江商株式会社弁護人佐藤庄市郎は、本件差額金の受領は、被告会社の意思に依らずして突然呉自強なる者から被告会社の銀行口座に振込まれた為に、被告会社に於て右金員の送金先を調査し振替伝票を起してフランシスコ・ガイ商会及びドラゴン・エンタープライズ商会関係の未収金勘定に入金の記帳をしたに過ぎないのであつて、若し振替伝票を起して入金の記帳をしたことが受領に当るとすれば、仮受金としてのみ記帳し振替記帳をしなかつたら受領とならないから犯罪を構成しないことになる筈であり、万一斯様な場合も犯罪を構成するものとすれば、例えば弁護士が海外商社から日本商社に対する訴訟を依頼せられ報酬の請求書を送つた後、未知の人から弁護士の銀行口座に日本円が振込まれ、その後右外国商社から「報酬金は貴口座に振込んだ証明書があるが入金せるや」と問合せが来た場合右弁護士の違法性を除く手段はないことになつてしまうが、斯様な点から考えても右の様な解釈が誤りであることがわかると主張する。

併しながら此の最後の、弁護人が例として挙げた様な場合は、弁護士に受領行為があつたかどうか極めて疑わしく、法が規定する「非居住者のためにする支払の受領」ありと言うが為には、少くとも受領者に於て、非居住者のためにする支払であると言うことを認識して、これを受取るという行為が必要であるから、単に未知の人から銀行口座に払込があり、且つその後で非居住者から入金があつたかと言う照会があつただけでは、未だ右に言う「非居住者のためにする居住者に対する支払の受領」ありと言うことは出来ないであろう。尤も支払の受領と言うのは、必ずしも積極的に作為がある場合には限らないから、自己の口座に振込まれていることを認識し乍ら、これをそのままにして置き自己の預金として使用する意図の下にその後引出等が行われたならば矢張り受領行為があつたものと見得る場合があるであろうが此の場合は不作為(そのまままにしておく)の意図が作為(引出等)に依つて外部に現はれたことを目して受領があつたものと解すべきことになり、結局若しこの違法状態が発生するのを防止する為には、右の様な照会が来た場合には、非居住者のためにする支払であることの認識は当然生ずべきであるから、その者は、所轄官庁の許可等を受けて適宜の処置を講ずる外はないであろう。

而して本件の場合は送金先を調査の上振替入金の記帳をしているからその点は格別問題はないし、振替入金の記帳がスムーズに行われたのは、違法性の認識がなかつた為であると言うけれども、元々違法性の認識は必要でないし、元来外国為替管理が行われている場合に、低価取引に依り生じた差額が日本国内に於て円で支払はれると言うこになれば、それだけ外貨の獲得が少なくなることは常識上も極めて見易い事であるから、これが許されないと言うことは当然考えられるべきことであつて、本件取引の関係者達も違法の認識はあつたものと解せられる。さればこの点に関する弁護人の主張も採用しない。

(D)  日比貿易の弁護人田中治彦及び長畑祐三は、本件支払が真実ギヤラン・コンマーシヤルの為になされたものであることについての客観的な証明を欠いているからその点については結局被告会社の関係者の供述即ち自白があるのみで、補強証拠がないことになり、有罪の認定は出来ないと主張するけれども、元来補強証拠は犯罪の構成要件たる事実全部について存在することは必要でなく自白事実が架空なものでないことを窺知するに足る証拠があればよいのであつて、本件について見れば呉自強から被告会社の銀行口座に振込送金があつたことは客観的な証拠があり、且つギヤラン・コンマーシヤルから被告会社宛に文書も来て居るし且つ被告会社とギヤラン・コンマーシヤルの間に右送金額に相当する低価取引に依る差額があつたことも明白であるから補強証拠には欠くところがないものと言わなければならないし、それが非居住者であるギヤラン・コンマーシヤルの為の支払であつたことについては事実上の推定が働くものとも考え得るのである。

従つて右の弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

法律に照すに判示所為中第一、第二、第三の(1)(2)、第四の(1)及び(2)の(ロ)(A)(B)(C)、第五の(1)、第六の(1)(2)、第七は外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項第三号(但し第四の(1)、第七は前段、其の余は後段)第七〇条第八号第七三条に(但し第六の(1)(2)については第七三条は適用しない)第三の(3)、第四の(2)の(イ)、第五の(2)は同法第三〇条第三号第七〇条第一一号、第七三条に夫々該当するところ呉自強については懲役及び罰金を併科することにし各被告会社及び被告人洪貫竜、同呉自強の所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから呉自強については同法第四七条第一〇条を適用して犯情重い第七の(2)の罪の刑に併合罪加重した刑及び罰金刑については同法第四八条に則り合算した額の範囲内で又其の余の被告会社及び洪貫竜については同法第四八条に則り合算した額の範囲内で夫々主文の通り量刑し、尚呉自強については第三者が介入した場合であるから直接の商社間の場合に比較して弊害を生ずる虞れも多大であり取締の見地からは厳重処罰の必要があるけれども同人は真面目な人間であることは諸般の情況から窺われるので今回は懲役刑については執行を猶予するのが相当であると認め同法第二五条第一項に則り三年間右刑の執行を猶予することにし被告人洪貫竜及び同呉自強が右罰金を完納することが出来ない時は同法第一八条に則り、金二千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人等に負担させないことにする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 熊谷弘)

(犯罪一覧表)<省略>

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